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なるべく毎週月曜日に映画を観て、一週間寝かしてツイキャスで喋る。 その内容をテキスト化する再利用式ブログ更新、「一週遅れの映画評」。 今回は『空の青さを知る人よ』です。 ※※※※※※※※※※※※※※ 武士は食わねど高楊枝、などとイキってみてもそれは士業であればこその話でありそういった場所から遠く離れてしまっては、地面に這いつくばり泥をすすり虫を食っていかねばならぬのである。 自分も若い頃はいくら惨めな境遇に落ちようとも、志だけは高く置いておかねばならぬ。浅ましく生きるくらいなら「腹を切って死ぬべきである(by又吉イエス)」と思っていた手合いであり、それはまぁ正直なところ若者ならば誰しも抱く観念だ。というか今でもそういった傾向は私の中にあり、それを押さえつけるのに必死だったりもする。 だから、例えば17歳の自分が目の前にあらわれたなら、まずは「とりあえず死なずに話聞いて欲しいんだけど……」と切り出すしかない、そんな現状を私は生きている。 『空の青さを知る人よ』を見ていて思い出したのは、グレタ・トゥーンベリ氏のことである。いま16歳である彼女が大人になったとき「あの頃」の自分を見てどう思うだろうか? それは決して彼女をバカにしているわけではない。私だって10代の頃は「まとも」じゃない世の中にいっつも怒ってたし、社会は嘘だらけで大人は汚くて、正義や真実はいつだって妨害され、それはお金や経済や利益や権力によって邪魔されるからだと思ってた。あのときそういう観念に突き動かされ、人類なんてさっさと滅ぶべきだと考えていたことは「あの瞬間だけ」に限定するれば間違っていない。結果に至った未来から過去を批判するなんていくらでもできる、あのときそう考えていた私は「あの瞬間だけ」の視座においてそういった考えしか持てなかった(まぁ今でも「人類なんてさっさと滅ぶべきだ」と思っているのは変わらないが)。 歳を取って別に自分の中で正義を求めたり倫理を尊ぶ気持ちは変わっていない(と思う)。 ただ「まとも」は個人差がすごくあって、別に社会は嘘でも大人は汚くもなくて、正義や真実は個人レベルなら意外と実践できて、それはお金経済利益権力と「切り離せない」ことがわかる。結局のところ人間は思ってるよりも正義が好きで、正しく善くありたいとは思っている。けどその正義や善が個人で違う「だけ」だし、どこに重きを置くかも全然違う。どこかに偏ることは割と簡単で、尖れば尖るほぼ味方がわかりやすくなる。 でもそれじゃあ結果として正義は成しえないとわかってしまう。 17歳(あるいは16歳)と31歳(あるいは37歳)の「正義」は違う。それはどちらも真摯で正当な「正義」ではあるけれど、やっぱり相容れないものなのだ。どっちが劣ってるとか、そういう話ではなくどちらも誠実な答えを必死で出しているという意味で等価である。 「Don't trust over thirty.」と初めて口にしたときの私は「当たり前だ、バカヤロウ!大人なんか信じれるものかよ!クソがっ!」と思っていた。だけどいまでも「Don't trust over thirty.」と呟いてしまう。それは自嘲と諦めと、そしていくらかの鼓舞のために。 10代のころからは考えられないぐらい私は変わってしまった。そう決して揺るがないと思っていたものが幾つも、何回もコナゴナにされている。そうやって30代になった私は信念なんて大したもんじゃあないと、どうしようもなく(良くも悪くも)私は変わってしまうことを骨身に染みてわかってしまった。 だから「信じるな」と自嘲し、諦める。それと同時にいまいる悲惨の道から外れることはまだ出来ると鼓舞しているのだ。 『空の青さを知る人よ』は苦笑いで「Don't trust over thirty.」と言わざる得なくなった大人が、若い頃の自分に【ではなく】!若い頃から今までの変遷、あるいは道程、あるいは「こうなるしかない、に至った経緯」を思い出して少しだけ予想外の方向へ踏み出すことを誘っている、そんな作品だった。 16歳の自分から見た31歳の自分は信じられないほど思いもよらなかった姿になっている。だがそれは15年間の間に少しずつ少しずつズレていった結果だ。 だったら31歳から15年後の46歳の自分もまた、いま思い描いてる姿とは(ポジティブな意味でもネガティブな意味でも)少しのズレが積み重なって全然違うものになっている、だろう。だったらちょっとずつ「良いと思う方向」へ半歩でもズレていけるように、と『空の青さを知る人よ』は背中を押しているである。 ※※※※※※※※※※※※※ この話をしたツイキャスはこちらの20分過ぎぐらいからです。
by SpankPunk
| 2019-10-22 13:31
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