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なるべく毎週月曜日に映画を観て、一週間寝かしてツイキャスで喋る。 その内容をテキスト化する再利用式ブログ更新、「一週遅れの映画評」。 今回は『惡の華』です。 ※※※※※※※※※※※※※ 正直なことを言うと、「これは私、酷評するかもしれないな」と思って見に行った。 と、いうのも私はアニメ版の『惡の華』(2013年)がかなり好きで、普段書いてる批評でも取り上げたころがある。そしてなぜアニメ版『惡の華』が良かったのか?ということを考えれば、実写化にあたって私とは相性が悪くならざる得ない……そう思ったからだ。 結論から言えば、実写『惡の華』、とても良かった。そしてそれはアニメ版とは「明確に違っていたから」だ。 『惡の華』には原作の漫画版、アニメ版、そして今回の実写版とあり、それぞれで「キャラクターデザイン」が大きく異なっている。二次元と三次元の差がある漫画・アニメと実写では当然キャラデザは(実写の役者をそう呼ぶかは一旦置いといて)違っていて当たり前だ。しかしロトスコープによって描かれたアニメ版も、原作とはまったく異なったキャラデザになっており、これら3つの登場人物を並べたときそれらが「同じ作品である」と何も知らずに看破するのは不可能だろう。 そしてそこまで表現が違えば、当然のように受ける印象も変わる。 特にそれが顕著に働くのが「共感」の部分、わかりやすく言えば「このキャラクターは私だ」という感情を喚起するか/あるいは疎外するかというポイントだ。 漫画原作では主人公・春日の心情を中心として描くことで、春日の持つ煮え切らなさを丹念に描写しつつ「漫画」という「自分の手でページをめくる」=「物語の進行スピードは読者に委ねられる」という特性から、主に春日の在り方に寄り添って物語を受け取ることとなる。合わせて他の主要人物である仲村・佐伯・常盤に対しても、描写の比重をコントロールすることで「その瞬間の彼女(たち)の情動」を半ば強制的に読み込ませていく。 アニメ版ではロトスコープによる描写によって、非常にリアリズムを持った挙動でキャラクターを表現している。にもかかわらず、私たちはそこに対して強く共感することを「阻害」されてしまう。 これは過去の論考で書いているので(詳しくは『あのすぱらしい愛をもう一度』および『あのすぱらしい愛は3ダーロード』参照のこと)ざっくりと述べるに留めるが、実在の身体の挙動と非常に近い、だが近いが故に「違う」部分が特にクローズアップされてしまう。いわゆる「不気味の谷」に近いものではあるが、そういった「ほとんど同じだけど、ちょっと違う」とき私たちは「違う」をどうしても強く認識させられてしまう。 その結果としてアニメ版は「共感」を強く阻害する方向に印象を傾けてしまうのだ(そして私はそこがアニメ版『惡の華』の本当に素晴らしいところだと思っている)。 そして実写版に置いては、主要人物全体に対しての「共感」を喚起する作りになっている。春日だけではなく、漫画版ではキーとなる場面に集中して描かれた心情が「実在の人物が演じる」という、現実の身体が持つ説得力によってブーストさせられており、全てのキャラクターに対して同調する部分を探しやすい構造になっている。 これはそれぞれのキャラクターから「都合の良い部分にだけ共感する」という態度を引き出してしまう欠点もあるが、本作では127分という時間で『惡の華』をまとめるためにそういった欠点を自覚した上での表現を選択しているように思える。 原作漫画、アニメ版、実写版でそれぞれが切り取った「作品の表情」が異なりながら、それぞれが確かに『惡の華』である。という意味において実写『惡の華』は、漫画の実写化として「成功」と呼んで差支えないと思うのである。 と、ここまで来てこういった稀有な成功例として思い出したものがある。原作漫画『ピンポン』の明るくポップな面を切り取った実写『ピンポン』と熱ともがきを描いたアニメ版『ピンポン』の関係、それに近いものが『惡の華』にはあるのではないだろうか。 ※※※※※※※※※※※※※ この話をしたツイキャスはこちらの16分過ぎぐらいからです。
by SpankPunk
| 2019-10-08 12:38
| 映画
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