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なるべく毎週月曜日に映画を観て、一週間寝かしてツイキャスで喋る。 その内容をテキスト化する再利用式ブログ更新、「一週遅れの映画評」。 今回は『台風家族』です。 ※※※※※※※※※※※※※※※ 10年前に銀行強盗をし2000万円を強奪したまま行方不明になった両親。その子供たちである長男/次男/長女/三男が両親を失踪宣告し、死亡したとして葬儀をあげる。ずっと散り散りだった4人の子供たちが今更になって「葬式」という名目で集まったのは、裏に隠された思惑があった。 明らかになっていく子供たちの狙いと、両親はなぜ銀行強盗などという犯罪に手を染めたのかという疑問、そして全ての疑問が氷解したあとに残るものとは……。 って書くとシリアスなミステリー感が無駄に出てしまうけど、実際はドタバタコメディ。 喜劇と悲劇、嘘と愛、憎しみと真実が(嘘と真実/愛と憎しみではないことも含めて)同時に駆動する物語は散りばめられた断片的な情報が繋がっていくにつれて、登場人物の誰もが想像もしていなかった「動機」を炙り出していく過程は決して退屈でもつまらなくもなく、約2時間の映画としては十分に満足できるものだった……が。 が。 物語の中盤に差し掛かるころ、その「犯罪者の葬式」+「残された遺族の醜い争い」が三男の手によって隠しカメラでネット中継されており、下世話なゴシップコンテンツとして世界中に垂れ流されていた(いる)という事実が明らかにされる。 ここが非常に残念なところで、結局のところ映画自体のカメラワークは普通に「映画」のものになっており、隠しカメラ/固定カメラによって撮影された映像はごくごく僅かしか登場しない。また後半に進むにつれカメラが設置してある場所から離れてしまう中で、このライブ配信を行った三男が撮影を続行する様子も無い。 こういった設定を持ち出すならもっと視聴者に対して最初から違和感を持たせて欲しかったし、それによって「下世話で醜い争いをする遺族たち」をニヤニヤと見ていた私たちに「この争いを喜んで見てるお前らはどうなんだ?」と突きつける効果もかなり薄くなってしまっている。 もちろんそういった視点自体がいくぶん古いもの(それこそライブ配信が勃興はじめのゼロ年代後半)であることは否めないが、主演が草彅剛というある意味「終わった時代を象徴」するようなキャスティングであることを含めて、そういった「ノスタルジィにすらなれない微妙な古さ」を志向する作り方をしていれば、もっと刺さるものがあったように思える。 その上で、現在私が実況プレイを行っている『Tellin Lies』というゲームがある。 今年発売されたこのゲームは、「録画されたチャット通話の中から、語られた”嘘”を暴き出し、真実を突き止める」というものだ。 作品自体が持つテーマがこの『Telling Lies』と『台風家族』は非常に似通っている。しかしゲームと映像作品におけるプレイヤー/視聴者の違いが如実にあらわれてしまっているのだ。つまりゲームはゲームである以上、必ずプレイヤーの能動的な操作を要求する。この『Telling Lies』においてその行動は「どんな嘘があるのか?」という探索から「なにが真実なのか?」へシームレスに移動していく。 そのグラデーション(嘘を回収する/真実を暴く)によって、私たちは常に虚実の狭間に立つことになり、見えたと思った真相が手から零れていったり、思いもよらない場所から本当の言葉が顔を出したりする。 そういった、いわゆるナラティブ性を中心に据えた「ゲームというメディア」に、作られた順番で伏線が張られて決まった手順で回収されていく映像作品で太刀打ちするのは非常に困難であり、『台風家族』は「完敗している」と言っていいだろう。 決してつまらない作品ではなかった。しかし明確な上位互換がある以上、褒めることはできない。 『台風家族』はそんな作品であった、あぁゼロ年代にこれがあったなら! ※※※※※※※※※※※※※※※ この話をしたツイキャスはこちらの19分過ぎぐらいからです。
by SpankPunk
| 2019-09-16 23:48
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