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リハビリ自体に効果があるのは間違いなさそうだ。右手右足ともに少しずつの稼動をみせている。最初のころのようにごろりと転がった丸太の様相から、日常生活のごくごく一部は右手が役割を取り返しつつある(とはいえこの文章自体は両手で書こうと挫折し、左手のみとなっているが)。 そしてやはり心配は的中している。 前に書いた「幻肢」がすでに感じられなくなっているのだ。 腕を挙げようとすれば、あのとき輝いた美しく軽やかな幻肢ではなく、不自由で醜い肘も指も伸びきらない実物の腕が持ち上がる。 つまらん。実につまらん。その程度でも動くようになったことは確かに便利ではあるが、便利であることと美しいことと愉快であることは別物である。便利と引き換えに美しさと愉快さを失っているのだから、明らかにシャークトレードだ。 そもそも「病気になると健康のありがたみが分かる」というのは――こういう状態だから言う権利はあるだろう――大嘘だ。 日頃から自分の身体や頑健さに対して「これが失われたら辛かろう」と考えていた通り、右半身が麻痺して不自由を感じた。はっきり言って想像の範疇であり、改めて再発見するような健康体の良さなどない。病気になって初めて健康にありがたみを感じるなど、年端もいかない子供でもなければ、想像力の欠如した愚か者の妄言だ。 一方で発見があったのは「病気にも楽しみがある」ということだ。 年寄りなどが集まって自分の病について喋りあってるよくよく様子をみれば、どこかに一抹のはしゃいでいる感覚が潜んでいることを観察できる。なるほど確かに「うんこを漏らしたけど、スッキリはした」「1話の録画を忘れたけど、がんばって追いかけなくて済む」といったレベルの話であり、罹らぬ方が越したことには違いないが「病気は苦しいだけ」としか思ってなかった私など想像力の欠如した愚か者である。 自由で奔放な「幻肢」を失うことは、まぁ想像力の欠如した愚か者にとって「さもありなん」とでも言うべき遺失物だろう。
by SpankPunk
| 2018-03-12 20:20
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