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いきなり別の作品の名前を出すのもアレだが『孤独のグルメ』の井之頭五郎は作中でこう述べる。 「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。 独りで静かで豊かで……」) 食事というのは誰かとテーブルを囲んでいても、結局のところ「私」と「目の前の皿」との個人的な対話であり、孤独なイニシエーションの儀式である。 つまり食事における所作は(それはもちろんマナーという枠があって、そこから逸脱しない範囲……あるいは逸脱が許容される範囲においてだが)その「私」に委ねられている。 そしてそのあやふやなマナーと「私」との邂逅がもたらすものこそ「俺のやり方が一番正しい」なのである。 おおひなたごう『目玉焼きの黄身はいつつぶす?』はそんな「俺のやり方が一番正しい」がせめぎあう漫画だ。 ![]() 井之頭五郎が言うように食事とは「誰にも邪魔されず自由」なものだ、本来は誰からも強要されることなく「俺のやり方」が許される癒しの場だ。 そしてそれは「私」が「孤独で自由」なのと同様に、誰にだって「孤独と自由」が与えられているということだ。つまり「誰かのやり方」へ口を挟む権利は、神にだって与えられていないのである。 しかし私たちは口を出してしまうのである。 目玉焼きに何をかけるか、刺身のワサビは醤油に溶かすのか、焼肉はタン塩からなのか…… 「俺のやり方」と違うものを見るたびに、つい声を荒げてしまうのだ。 『目玉焼きの黄身はいつつぶす?』の登場人物たちもそうだ。 「おまえ…バカか?」 「そんなのウマイわけがない!」 「豚のメシじゃあるまいし…」 「お前の舌は…「バカ」だ!」 「誰かのやり方」を発見する度に、『目玉焼きの黄身はいつつぶす?』の登場人物たちは「俺のやり方が一番正しい」と声を張り上げるのである。 ハッキリ言ってゴローちゃんの前でこんなことを言おうものならば即「アームロックの刑」に処されるだろう。 ![]() なぜならそれは「孤独で自由な癒し」としての「食事」からは、もっとも遠い行いだからだ。 そんな争いを経て『目玉焼きの黄身はいつつぶす?』の主人公は、徐々に「誰かのやり方」を受け入れていく。 「洗う時!!」 「ごめん母ちゃん……スプーンでいぐごどにしだから」 「全がけを頼めるんだ!」 それは「食べること」の究極系として存在する「井之頭五郎」に近づこうとする、本当の「癒し」へと向かう道程なのである。 私たちは「私の自由と孤独」を守るために「誰かの自由と孤独」をまず守ることを覚えていく。 『目玉焼きの黄身はいつつぶす?』はそんな聖者を目指す我々のバイブルなのである。 ……しかし、それでも叫ぶのだ 「ただのカッコつけじゃないか!!」 と それが人間なのである。 聖なるものも、邪なるものも併せ持つ、人間の尊くしかし愚かな、間抜けで情けなくてでも素晴らしい、あまりにも人間的な姿がそこにあるのだ。 【補足】 ちなみに『目玉焼きの黄身はいつつぶす?』の主人公の名前は「二郎」であり、どことなく井之頭五郎を思わせる。 そんな『目玉焼きの黄身はいつつぶす?』第一話のオチも(食事とは関係ないが)あまりにも「The人間」としかいいようの無い素晴らしいものなので、ぜひご一読をオススメしたい。
by SpankPunk
| 2013-06-11 23:23
| 漫画
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