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朝ごはん、というのがとにかく好きなのである。 恐らく今の生活で一番充実した食事をしているのは朝だ。 お昼はお弁当を持って仕事に行く。冷凍のフライに煮たり焼いたりした野菜をちょちょっと適当に詰めているだけで味気ない。しかも作り置きのオカズにしろ、その日に調理するにしろ、一人では食材を使い切るために何日も同じ献立が続くのだ、飽きる。 夜はもっと酷い。 仕事を終えてから何かきちんと料理する気など起きないに決まってる。 焼けば食べれる肉だの魚だのか、はんぺんだとか厚揚げだとかを適当に煮るか。あるいは疲れきった日にはスーパーのお惣菜をレンジで温めて……それらでもって保温しっぱなしの固く黄色くなったごはんをかきこむのだ。 なんというこの世の終わりの風景であろうか! しかも「なるべく洗い物を増やしたくないし……」とか思ってどんぶりによそったごはんの上に、その日のオカズを乗せて食べている、いや食っているのである。 こんなものは食事ではない、エサだエサ。 ああ、それと比べて朝ごはんの素晴らしさはどういうことだ。 タイマーでセットしておいた炊飯器には炊きたてのごはんがある。 赤味噌のお味噌汁に豆腐やわかめ、油揚げ、ねぎ、時には玉ねぎやジャガイモ。好きな具をいれていい。 たまご!おお万能なるたまご! 時間が無ければたまごかけごはんにすればいい、甘いたまご焼きも目玉焼きも半熟オムレツも何だってできる。 焼き海苔にちょっと醤油をつけて。 梅干し、たくわん、白菜の塩漬け。 鮭フレーク、なめための瓶詰め、高菜、きゅうりの糠漬け。 余裕があれば魚の干物を焼くのもいい。朝から適当な缶詰をあけるのも楽しくて良い。 時にはふりかけだけで済ませるのも、寒い朝には熱いお湯で茶漬けにするのも素晴らしい。 この世界には喜びが満ち溢れていることを確認する行為。 それが朝ごはんなのである。 栄養だとか、塩分だとか、朝から頭を動かすには、とかそういうお題目はどうでもいいのである。 私は朝ごはんが好きだ。他のどの食事よりも、朝ごはんに幸福を感じるのである。 だからこそ不満がある。 『いつかティファニーで朝食を』にだ。 ![]() 登場人物たちが、日々の鬱屈やイライラや、あるいは不満をおいしく丁寧に作られた「朝食」によって救われていく姿は、朝ごはんを喜びと感じる私の気持ちととても同調してくれる。 それはとても良いことだ。 だがしかし、気になるのである。 『いつかティファニーで朝食を』の登場人物たちは、その朝食のほとんどを外で食べるのである。 確かに、外で誰かに作って貰った朝ごはんはおいしい。 焼きたてのマフィンにスクランブルエッグ(しかもフライパンじゃなくて、ちゃんと湯煎で作ったやつ!)カリカリのベーコン、しゃきしゃきのサラダには手間のかかったドレッシング、ヨーグルトに自家製ジャム。 それはそれは本当においしいし、そこで感じる幸せは「あ、今死にたい、この気持ちで人生を終えたい」と思うくらい強烈なものだろう。 でもそうじゃないのだよ! どれだけこの瞬間に救われようとも、明日から、ていうか今それを食べ終わったら仕事に行かねばならないのだ。この場所にあるのは特別な今日ではなく、いつもの日常なのだ。 デニッシュを片手にティファニーのショーウィンドウを眺めるのは確かに良い。 しかしそれは「ハレ」の日なのである。 私が好きで好きで堪らない朝ごはんは「ハレ」でも「ケ」でもない、ごく普通の「今日」を過ごすために作られるものなのだ。 昨日と同じように鍋を火にかけ、お味噌を溶かす。小皿に梅干しを出す。フライパンにたまごを落として塩コショウをして水を入れて蓋をする。 そんなほぼ無意識でできるくらいに繰り返された「朝ごはん」が、普通においしいこと。それが幸福に毎日を生きるために必要なのである。 『いつかティファニーで朝食を』はとても面白い漫画だ。描かれている「朝食」も本当においしそうなものばかりだ。 しかしそれはやはりカッコ付きの「朝食」であって、普通の/毎日の朝ごはんで無いこと、あるいは「特別な何か」でしか無いことに対して、もっと注意を払うべきである。 その不満を今後の続刊で解消してくれることを、心のそこから期待したい。
by SpankPunk
| 2013-04-09 00:16
| 漫画
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