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・そこに私は生まれたかった まずは自分自身の話から始めないといけない。 私は1982年の生まれであり、物心付いたときにはすでにバブルは崩壊していた。空気の中に幾分かはその残滓を感じてはいたものの、それは所詮伝え聞くだけのものであった。 そのバブルという狂乱から見捨てられた私たちの頭上に覆いかぶさっていたのは「バブル後」という重苦しい存在だったのである。 その中で私が特に強く感じたのは「私に世の中は変えられない」という閉塞感であった。 「バブルの恩恵」を受けた強大な支配力の前に経済力の無い私が立ち向かう術は無く、ただぼんやりと目の前を流れていく日常を眺めていることしかできなかったのである。 そんな中で見聞きする60年代の学生運動は、とても輝かしいものに思えた。 私は思想的に彼等と相容れない部分は非常に多いが、それでもそこにあった「世の中を自分達で変えよう」とする力には強い憧れを抱いたのである。 それはむしろ浅間山荘事件のような私刑による死に対してすら、そこまで彼等を突き動かした情動とその最前線において「死によって完結する」ことは、そのことを甘美なものとして受け止めさせるほど私を痺れさせたのである。 当然、学生運動の参加したのはごく一部の人々であり、またその凄惨な内ゲバはとても「甘美」とは呼べない悲惨で残酷なものであっただろう。 しかしそれは理解しながらも、いや理解しているからこそ、よりロマンチックな憧れを持ってしまうのである。 そう60年代は私にとってファンタージェンや中つ国やあるいはラピュタのようにファンタジーの舞台でしかないのである。 そして私と社会の関係、つまり「か細いもの」と「強大なもの」の構造はそのまま宮崎吾朗とその父親の関係と見ることができるのではないだろうか? もっとも宮崎吾朗は1967年生まれであり、それこそ悲惨な60年代の名残も見ているであろうし、狂ったような日本の好景気も知っている。 しかし私の生まれた時代にとって「父親」は既に「強大なもの」ではなく、どうしようもなくその「強大なもの」を感じるためには「社会」というものまで持ち出さなくてはならないのである。 だからこそ今ここで「か細いもの」と「強大なもの」を対比させる為には、この60年代という「社会」をぶつけるしかなく、そして体制に反抗するものとしてのカルチェラタンはこの作品において徹底的に正しく明るいものとして振舞うようにするしかないのである。 ・導かれる者から遠く離れて 過去に書いた記事において、宮崎吾郎の『ゲド戦記』を私は「ただ強いものに助けられるだけの話」であり、そしてそれが「偉大なる父」である宮崎駿から「大人になりきれていない」という評価を受けた理由であったと述べた。 しかし、このコクリコにおいて宮崎吾郎は「導かれる者」からの脱却を果たしたのである。 それは様々なシーンに表れている。 例えばカルチェラタン取り壊しに関する学生の討論会に教師達が訪れた際、体制はカルチェラタンを取り壊し運動部のクラブハウスにするつもりであるのにも関わらず討論会に参加している学生全員が・・・・・・それは取り壊し賛成派も反対派もまさしく全員が、その体制の介入を防ぎ自分達の「主導権」を守る為に団結するのである。 あるいは事情を知ったヒロインの海が雨の中で風間に「どうしたらいいの?」と聞くシーンにおいても、当時の彼等が持つ倫理観を考えれば答えは一つしか無いにも関わらず、それでも自分達にある「主導権」をそれでもなお手放さぬまいとする意思を強く感じるのである。 そして、それでもその場では一度手放してしまった権利を海は再び引き寄せるのである。 この作品で描かれてる60年代は現実とはまったく異なったファンタジーとしての「異なる60年代」であり、宮崎吾郎はその「異なる現実」という偽史を武器に、重くのしかかる「今この現実」に立ち向かった。 そして彼は「古いカルチェラタン(父親のジブリ)」は姿形はそのままに、綺麗に塗り替えられた「新しいカルチェラタン(自分のジブリ)」を創造することに成功したのである。 海の「みんなでお掃除もしました、ぜひ見にいらして下さい」という言葉はまさに宮崎吾郎の心の声なのである。 ・間違いなく彼女は女神だった 一方で宮崎駿の偏執的とも言える少女が持つ神性への愛は、この作品においてそれほど表立ってはいない。 しかし間違いなく海はジブリ的なヒロインであり、作中で言及されるように「女神」なのである。 それは過去のジブリ作品において描かれた「ヒロインの関わる事態は好転し、成功する」という伝統を彼女は確実に引き継いでいることからも明白である。 もっとも、駿作品においてヒロインはその「好転/成功」に対して自覚的であるのに対し、海は無自覚なまま進んでいく、故に海の女神性は表に現れ難い。 だが自らの意思で運命に立ち向かうことを決意した時、彼女の背には眩しいほど輝く後光が差すのである。 その姿は、他のジブリ作品に負けるとも劣らない圧倒的な「ヒロイン」であった。 宮崎駿とは違う形で女神であることを描き、宮崎吾郎が「自分のジブリ」を作ることが出来た事、それがコクリコのヒロインである海という女神がもたらす坂を駆け上がった先の跳躍なのである。 ・そんなことはもうどうでもいいのだ ハッキリ言ってしまえば、コクリコで描かれた恋はありふれた物語である。 それは作中で「こんなことドラマでよく見る話だ」と言わせてしまう程だ、しかしそれはこの作品を駄目にするような要素ではない。 むしろ過度にならないように抑えられた出来事は、このファンタジックな偽史がどれだけ幸福に満ちているかを示しているのである。 そう、ここで描かれた「徹底的に正しく明るい60年代というファンタジー」は、悲恋へと陥りかねない二人ですら「ただの誤解」で救っていくのである。 私はこの物語が終盤に近づくにつれ、本当に久しぶりに「この物語が終わってしまうこと」に対して寂しさを覚えた。 それほどまでにコクリコの舞台は私にとって、どこまでも幸福な異世界であったのだ。 近いうちにもう一度観に行ってきます!
by SpankPunk
| 2011-08-02 23:20
| アニメ
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