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先日、自分にとっていつも重要なヒントをくれる友人と話していて 『幸福と不幸は、目の前にある選択肢から何を選ぶかに左右されない/できない』 という話になりました。 噛み砕いて言うなら「あっちか、こっちか」という選択に、実は「幸福か、不幸か」という結果は待っていないのです。 「こちらを選んだから上手く行きました」とか「あっちを選んだから失敗しました」というのは無意味な判断基準で、幸/不幸という結果は『選択肢自体には依存していない』 例えば『彼氏と喧嘩になったら殴られた、別れようか悩んでる』という状況の選択肢は「別れる/別れない」というものになります。 ですが、明らかにその選択によって「幸/不幸」が分岐はしていません。 そもそも『そういった状況に陥ること』自体が「不幸の始まり」であるわけです。 あるいはもっとライトに『今日の晩御飯はコロッケにしようかメンチカツにしようか』という選択は「コロッケorメンチカツ」というものであり、どちらを選んでもそれなりにちゃんとゴハンが食べられる「幸福な」結果が待っています。 つまり、『より良い選択をすること』が幸福に繋がるというのではなく。 この「どの選択をしようとも幸/不幸が変わらない」状況を階層(ステージ)として考えれば、『より良いステージに立つ事』さえ出来るなら、どんな選択をしても「その結果には幸福が訪れる」事になるのです。 結局真に努力すべき事は、『いま目の前の選択肢から最良と「思われるもの」を選ぶ』事ではなく、幸福になるのに本当に必要なのは『より良いステージに立つ事』を目指し「階層」と「階層」を繋ぐ梯子を探し、登る事… もっと平易な言葉で言えば「選択することに力を尽くす」よりも、「どの選択でも良い結果が得られる環境と場所にいること」を求めるべきです。 さて、なんだか今にも『幸福なステージに上がれる壷』の販売をしかねない勢いになってきましたので、いつも通りアニメの話をします。 そもそもフィクションの中で『幸福なステージにいる』とはどういう状態なのでしょうか? その一端が筒井康隆のエッセイ『狂気の沙汰も金次第』に書かれていますので、引用をしたいと思います。 『ぼくは喜劇役者になりたかった。と言うよりは、喜劇役者が演じている喜劇の中の主人公になりたかった、と言ったほうが正確だろう。あんな馬鹿げたことをしていながら、とんとん拍子に物事が進行して丸くおさまるような世界に住む人物になりたい、あんな風に人に笑われ、人を笑わせ、みんなに好かれ、しかも大した苦労もせず、おどけながら世の中を渡っていけたらどんなに呑気で楽しいだろう、と』 まさに『どんな選択をとっても幸福が待っている世界』そのものが、ここに表現されています。 そう『幸福なステージ』とは、どんな選択肢を取っても『とんとん拍子に物事が進行して丸くおさまるような』・・・そんな『喜劇の世界』だったのです。 ここで思い出して欲しいのが『ジュエルペットてぃんくる』での最終回、あかりちゃんの3つめの願いです。 『誰でもみんなたった一つの宝石!輝くジュエル!だから世界中のみんなみ~んな! 素敵な魔法使いになーれ! ティンクルティンクルジュエルフラーッシュ!』 ここで本来は「ジュエルランドと女の子」にしか無かった『魔法=素敵な何か』が、レアレア界=人間界にも訪れる、また『素敵な魔法使いに』と限定している事からジュエルランド全体にもその『魔法』の力が底上げされていることが伺えます。 つまりあかりちゃんの願いは『世界の全てを一段上の「幸福のステージ」に押し上げる』ことだったのです。 そして先に述べた様に『幸福なステージ』を表す一つの形として『喜劇の世界』があるのなら、徹頭徹尾『喜劇の世界』である『ジュエルペットサンシャイン』は正にあかりちゃんの願いの後に訪れた「どんな選択をしても幸福が訪れる」という、理想の世界が具現化したものなのです。 と、いうことでみんな『ジュエルペットサンシャイン』を見ようね! イェイ!
by SpankPunk
| 2011-06-10 00:48
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