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・一つ目の優しさ ハトプリにおいて、ほぼ全ての登場人物は何らかの(特に精神的な)「トラブル」を抱えている。 それは「ヒーロー」であるつぼみ達も例外ではなく、えりか・いつきは実際にデザトリアンになってしまい、ゆりさんは000を失った傷を抱えていえる。 そしてそれは「プリキュア」になった後にも彼女達は問題を―つぼみならプリキュアパレスでの己との対峙、えりかの夏休み宿題回、いつきがデューン撃破後にようやく女子の制服を着たこと、つぼみによるゆりさんへに説教―抱えたままでいる。 この「プリキュアすらも悩みから解放されない」というのは、半ば本気で「自分はプリキュアになれる」とまだ信じている第一ターゲット層(つまり幼女)にとって、「将来プリキュアになる私」以上の存在はいない・・・つまり、「私」を助けるのは「自分自信(プリキュア)」である、と語りかけているのである。 それは『あなたの中にはプリキュアと同じだけの力がちゃんとある』と語りかける行為なのである。 ・2つ目の優しさ 従来のプリキュアにおいては『悪が行動を起こす→人々が困る→プリキュアが活躍する→問題解決』という構造になっている。 一方でハトプリにおいては『困った人がいる→それを利用して悪が行動する→プリキュアが活躍する→問題は残ったまま』となっており、その後デザトリアン化された人物が自力で己が問題を解決しなければならない。 つまりハトプリにおいて、「プリキュアは本質的な部分を何も解決できない」存在として描かれているのである。 プリキュアの第二ターゲットである大友(「大きいお友だち」と呼ばれる、成人した所謂オタク)にとって『現実にプリキュアは存在しない』というのは当然の事だ。 その中で語られるハトプリの「プリキュアでは何も解決できない」というメッセージは『本当に解決をするのは【私】である』というのは、実際に問題に直面しそしてプリキュア(神の加護)を得られぬ事を知っている【私】には、明確な「救い」として機能しているのでは無いだろうか。 ・『くらえ、この愛』 そういった意味でハトプリは仮面ライダーの様な「英雄では無い」のである、どちらかと言えば地球の救済を念頭においたウルトラマン的な「神話の存在」なのである。 故に過去のプリキュアよりも明確に「受け継がれるプリキュアの力」が(祖母→つぼみ→ふたば)描かれていたのかもしれない。 「神」であるからこそ、その力の行使は「殲滅」ではなく あくまでその胸をやさしく叩く(それはドアをノックする行為にも似た、その者の可能性を開く)『くらえ、この愛』なのである。 『ハートキャッチプリキュア』は「愛」でもって世界を包み、誰もが「自分の力を信じる」事ができるように見守っている・・・そんな人々に優しい物語であったのである。
by SpankPunk
| 2011-04-21 21:49
| アニメ
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