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アイヌ民族には「トゥスクル」という「巫女」がいる。 これは特別な反面ありふれた役職であり、アイヌの女性の大半は「トゥスクル」として祝祭の補佐を行う。つまり、アイヌ民族においては殆どの女性が「巫女」としての条件を満たしていると考えられている。 と、いうことは恐らくアイヌ民族においての「巫女」は「初潮」を迎える事=子を宿すことが出来る体であるという条件によって「巫女」として任命されるのである。 本来一般的な「巫女」はやがてその「巫女」としての役割を解任されていく、しかしながらアイヌの「トゥスクル」は生涯を巫女として過ごすのである。 なぜならアイヌの男性は一人一が「神」として扱われる為、その「神」との性交は「巫女」としての神聖を汚す事は無い。故に「巫女」は生涯において「巫女」の条件を保つ事ができるのである。 翻れば一般の「巫女」において、「神」ではない「普通の男性」と性交をした者は「巫女」では無く「市井の女」として取り扱われるようになるのである(もっとも他の信仰では「巫女」は性を取り扱う役目を担っている事もあるが、それは祝祭=神の場における性交である為、巫女の神聖は失われない)。 で、これを「まどか☆マギカ」に当てはめると、「魔法少女」とは特異な「魔女の場」において自由に力を行使することが出来る「巫女」の事である。 では「魔法少女」=「巫女」とするのなら、QBとの契約が「初潮」なのだろうか? しかし、QBには対象が魔法少女になった時の力が予測できている。 これはQBによって初潮が起こっているのでは無く、QBは初潮を迎えた事で現れた「可能性」の象徴だということだ。 ではQBの示す「可能性」とは何か? 第七話においてQBはさやかに「おなかを槍で刺される痛み」を与えた。何故実際に受けた槍の柄で殴られる痛みでは無かったのか?何故心臓のある胸を刺されなかったのか? それはこの場面の意味が、QBによるさやかの「強姦」だからである。 それはその後のセリフにも現れており「こんなゾンビみたいな体じゃ、キスしてなんて言えない、抱きしめてなんて言えない!」というのは、俗に言う「私、汚れちゃった」系発言の変型なのである。 そしてQBによって強姦された事により、「巫女」の条件である「処女」を失ったさやかは、この時点で既に「魔法少女」で居続けられる可能性をも奪われてしまったのである。 ここで「少女が女になる」という「魔法少女から魔女へ」の変化が起こるのである。 考えてみれば、次々と「使い魔」を産み出し、その「使い魔」が成長して「魔女」になるというにのは、まさに「魔女=母親」である。 つまり魔法少女は、少女が「性交することで子を宿し母親になる」という生き物である以上、「魔女=母親」になる事は避けられないのである。 補足をするのなら、QBの姿自体も白いつるっとした造型は精子的であり、ほむらに撃たれた後に喰われた白い塊はいかにも白子だ。 また背中のグリーフシード(卵子)を飲み込んだ裂け目も見るからにアレだ。 つまりQB自身は「初潮を迎えた少女」に訪れる「性の可能性」なのである。 彼のその人間倫理から外れた思考は、誰の上にも暴力的に降りてくる「成長と生殖」の本能であり、「魔法少女になりなよ=いいから脱げよ」「魔女と戦いなよ=セックスしろよ」「魔法少女は魔女になる=孕めよ」という意味を持っているのである。 その視点で見れば、さやかは 「レイプされて自暴自棄になった結果、ヤリまくってホストにも手を出して妊娠しちゃった」 という物語をなぞっていたのである。 しかし、一方で 「少女が女になり母親になる」というのは、いたって普通の日常である。 では何故「まどか☆マギカ」はそれを「魔女」という恐怖として描いているのか? 少し話はズレるが、「キャラクター」とは、「人間でない」モノである。 柳田國男が言うように「妖怪」が「零落した神(アニミズム的精霊)」であるとするならば、「キャラクター」=「人間でないモノ」=「妖怪」という図式になる。 つまり「キャラクター」とは「零落した神」の末端に属するのである。 その「神の末端」とは即ち「巫女」であり、全てのキャラクターは「巫女」として機能しているのである。 故にその「巫女」で無くなる事=「非処女」であることは、その「巫女」の信者にとっては信仰が根底から覆される大問題なのである。 それが所謂「処女厨」が二次キャラの非処女問題に躍起になる原因なのではなかろうか。 つまり 「処女厨が非処女キャラを叩く」 姿は 「魔法少女が魔女を殺す」 姿に投影されているのである。 だから「まどか☆マギカ」は、これほどまでに「キャラクターを巫女として崇める人々=所謂オタク全体」に対して求心力を持っているのかもしれません。 「まどか☆マギカ」は「こういう物語がいいんでしょ?」とその処女厨の欲望を肯定をしつつも、「本能的な性の象徴」であるQBが冷や水をぶっかけているのである。 (QB)<少女はいつか処女を捨て母親になるのは当たり前じゃないか? (QB)<君達はいつもそうだね。事実をありのままに伝えると、決まって同じ反応をする・・・訳が分からないよ。どうしてキモオタはそんなに、処女膜の在処にこだわるんだい?
by SpankPunk
| 2011-03-03 23:25
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