ゲームと本と思ったこと


by SpankPunk
毒虫毒蛇や植物の毒を配合し砂に混ぜ、それをひだすら突く。毒を中和する洗薬で手をすすいでは、再び毒を混ぜた砂を突く。これを数ヶ月に渡って毎日繰り返し毒手を作る方法を伝授する。
じゃなくて告知です!

11月23日の文学フリーマーケットで2冊、寄稿した同人誌の頒布が行われます。


『アニメクリティークvol.5.5 新海誠/君の名は。総特集号』
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http://nag-nay.hatenablog.com/entry/2016/08/27/173112
ブース : カ36

『Nameless life, Nameless fortune』

『君の名は。』を見た感想として一番最初にツイートしたのは「なんという邪悪な作品なのだ」というものでした。

本論考では、『君の名は。』が持つ「邪悪さ」――特定の「君の名」を求めることとは、どういうことか?それによって失われていくものは何か?そしてそれは「いともたやすく行われるえげつない行為」なのではないか?――を取り上げています。
そしてそれに対する応えとして、『ハピネスチャージプリキュア!』と『プリパラ!(2期)』を例に、「偶然」の中に身を投げる必要性を(あるいは「ネットに弾かれたテニスボールの行方」について)述べています。

合言葉は「瀧!いまから私はプリキュアとして、貴様を殴る!」です。そのための毒手拳だー!


『ビンダー Vol.4 特集:高畑勲』3

文フリWebカタログ

ブース : カ37-38

『キッズアニメ時評 KIDS in HER 第3回 ここたま・ノワール48℃』

3回目になりましたキッズアニメ時評です。
今回は前半で『妖怪ウォッチ』売上げの、バブルが終わって健全化した変化の考察と、その中でゲーム版『妖怪ウォッチ3』がアニメとはまた別の回路で子供たちの欲望をどうキャッチアップしているか?を述べました。
後半では『ここたま』の戦略と、『12歳』について「コンテンツの空席をどう取っていくか」という話をしています。



以上2冊、今回はブースが隣同士だから超買いやすい!
「んん~、ここからここまで。1冊づつ」とかやればいいんじゃあないかな!

よろしくおねがいします!!
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# by SpankPunk | 2016-11-20 22:31 | 告知 | Trackback | Comments(0)
・罪はなく、しかし罰はある者のために

最初にはっきりと言っておかなくてはならない。
あらゆる欲望は、それを持つこと自体は全て許されている。どんな極悪非道で下劣で卑怯で下衆で卑しい願望であっても、それを望むことは悪ではない。全ての欲望は罪ではない。
そしてその欲望を実現させることは、様々な条件下で許されている。

いまからするのはエロマンガの話だ。もっとざっくばらんにわかりやすくいこう。

「あの人とセックスしたい」と思うのは自由だ。その欲望を持つことは誰にだって許されている。それを「あの人」の合意なく実行に移すのは許されないが、「あの人」との合意があるのならセックスすることに何の問題もない。関係者の間でコンセンサスが取れているのなら、誰が誰とセックスをしようが問題は無い。

わけではない

そこには例外があることを私たちは当然知っている。
例えばこの『だから神様、ボクにしか見えないちいさな恋人をください。』(御免なさい/株式会社ジーオーティー/2016年)で描かれているような「年端もいかない子供」とのセックスは、どれだけ当事者の間で合意が取れていようとも、罪になる。

欲望することは許されている。しかしその欲望を満たすことは、どれだけの条件をクリアしたとしても絶対に許されない。
ロリコンであることに罪はない、だがその欲望は絶対に満たされてはならない。
欲望は決して実行に移されることはなく、永遠に満たされないまま残り続ける。欲望の充足が幸せの一つの形とするならば、彼らは「絶対に幸福になれない」ことを既に決定されてしまっている。

それは罰だ。
罪なき彼らになぜか課せられた罰である。


・約束された罰のための罪を

御免なさいがブログ等で頻出させるキャラクターに「残虐さん」がいる。
彼女は「ロリコンを殺す幼女」という存在として、あらゆるロリコンに襲い掛かる。そしてその幼女の姿を「餌」として近づき、彼女の姿に性的な興奮を覚えたことを証拠として、ロリコンを殺す。

ロリコンはその性的嗜好ゆえに最初から「絶対に幸福になれない」という罰を受けている。しかし残虐さんは対象がロリコンであることを確認してから……つまりその欲望があらわになった瞬間に殺意を向ける。
それは何の罪もないのに罰を受けなければならないロリコンにとって、ある種の救いなのである。彼らは残虐さんによって殺され「罰」を受ける。だがそれは残虐さんに対する欲望の発露という「罪」に対応する形で執行されるのだ。

「オレは『納得』したいだけだ。『納得』は全てに優先するぜッ! でないとオレは『前』へ進めねえッ! 『どこへ』も!『未来』への道も!探すことは出来ねえッ!」と『ジョジョの奇妙な冒険 スティール・ボール・ラン』のジャイロ・ツェペリは叫んだ。
『納得』できない罰よりも、『納得』できる罰を。残虐さんはロリコンを殺す、しかし殺すがゆえに彼らに『前』を見せることができるのである。たとえそれがこの世で見る最後の光景だったとしても「『納得』は全てに優先する」のだ。


・先回りする罰

本作では残虐さんほど苛烈ではないにしても、幼女を犯したことに対する罰が描かれる。『さわらぬ神(○リ)にたたりなし!』では恋人同士になるという双方の合意が描かれながらも、最後のシーンで竿役の男はスクーターに轢かれる。コミカルな描写で大したケガも無いように演出されているが、そのシーンで「さわらぬ神(○リ)にたたりなし」から「祟りがあった!」という罪→罰という回路が提示されている。
また『脱出!ちびっ娘専用車両(後編)』では徹底した女尊男卑の世界観を設定しながら、幼女を犯しつくした竿役の男を異常に雑な裁判によって「死刑」宣告をさせる(それは数ページ後で否定されるのだが)。『偉大なる詐欺団(アイドル)』では幼女自身がセックスできた喜びのあまりSNSにアップした行為中の画像によって、関係者一同は逮捕される(それに対して当の本人は、コミカルに泣きながら「ふえぇ~~~ん…みんな捕まっちゃったよ~…」と述べるだけだ)。

それぞれの物語は大きく竿役を傷つけることなく「罪」に対応する「罰」がなんとなく存在することを示しながら、致命的なものとしては描かれない。
しかし御免なさいという作家を知るものにとっては、その背後に「残虐さん」の視線を感じざるを得ない。作品上は大したことのない罰で完結しているものの、それと同時に「罰」があることで、その背後には残虐さんの殺意が常に控えていること思い出させる。

本作中での例外として『ロッカーの神様』では、相手役を「神様」という設定にすることにより、リアル幼女へ向けられる性の視線をズラすことによって罪の発生を回避している。とはいえ作中では竿役である小学校教師の口から

「俺には相手が居ません…ちびっこぱんつが関の山です。 何故なら………ロリコンだから!
正直に言います…毎日生徒達に囲まれて欲求不満なんです! こどもに恋したり欲情するのは、社会的に異常です!
でも…俺にとっては極自然な感情なんです! だけど死んでも手は出したくない!みんなが不幸になるだけです!」

というセリフが語られ、むしろ前述した「絶対に幸福になれない」という罰が”先んじて”竿役の身に与えられていることを殊更強調しているのである。

そんな罪→罰という回路を構築することに(あるいはすでに与えられている罰に対して罪を提供するように)作られている本作収録作品の中で、その流れから外れているのが最後に掲載されている『ひなちゃんと歩くATM』である。


・この視線は誰のもの?

『ひなちゃんと歩くATM』ではロリコンの「がぁくん」(スーツ姿と仕事帰りであることを示唆するセリフから少なくとも成人男性だと予測できる)と、「お互いにお触り厳禁」というルールの元で下着や性器を見せることで「歩くATMからお金を引き出す」女児の「ひなちゃん」との物語である。
そもそもこの援助交際的な関係がはじまったのは、ひなちゃんがクラスメートから唆されてのことである。「歩くATM」からお金を引き出している(=絶対にお触り厳禁の性的サービスによって金銭を得る)グループの仲間になるために、ひなちゃんはがぁくんを「歩くATM」とした。
その証拠の写真を見たクラスメートから「いいよ…仲間にしてあげる。これで親友だよ」と言われ嬉しそうな顔をする。と、同時に「何があってもお互い指一本触れたらダメだからね。もしこのルールを破ったら…絶交だからね」とその援交グループのリーダ格から告げられる。

そしてその「絶交だからね」のセリフが重なる形で、がぁくんとひなちゃんの「お触り厳禁」関係が初めて成立した場面が描かれる。
ひなちゃんの性器を見ながら激しい嗚咽をあげて(その表情はひなちゃんのTシャツに隠れており、隙間から覗く口元は強く歯を食いしばっている)自身のペニスを手でしごくがぁくん。その嗚咽は恐らく「人の道を外れてしまった自分への悔恨」のように見える、そしてそれでもペニスを擦る手を止めることができないどうしようもない衝動。
自分の前に跪いて嗚咽を漏らすがぁくんに対して、その頭を抱き締めようとするひなちゃんの脳裏に「ルールを破ったら絶交」という言葉がよみがえり、伸ばしかけた手を引っ込める。
本来はがぁくん→ひなちゃんの関係だけに存在する「お触り厳禁」のルールは、想定しない形でひなちゃん→がぁくんの関係にも制限を加えてしまうのである。

『ひなちゃんと歩くATM』の物語は、そのひなちゃんとがぁくんの出会いの回想を挟みながら、がぁくんの家で展開する。
性的サービスに要求される金銭的な限界とがぁくんの罪悪感により、ふたりの関係は「がぁくんがひなちゃんの電話を無視する」という形で一方的に解消されようとする……しかしそこにひなちゃんが押しかけて来る。
結果として二人の間にあった「お触り厳禁」というルールは破棄され、同情が愛情にすりかわったひなちゃんとロリコンのがぁくんは結ばれることになる。
そしてこの単行本では、この作品においてのみ唯一「何の罰も受けない」ロリコンの姿が描かれるのである。

そしてもう一つ特異なものが描かれる。
それはひなちゃんとがぁくんを見つめる「過去のひなちゃん」である。

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ここで挿入される視線は(まぁおちんちんも挿入されてるわけですが)、二人の関係を外部から見つめる視点である。
この視点について考えるまえに、私たちはエロマンガを読む時「何を見ているか」を考えなければならない。

男性向けポルノ作品、特にエロマンガにおいて読者が受け取っている快楽の発生源は、作中男性に与えられているものだけではない。作中のシーンで重点的に描かれているのは「快感にあえぐ女性の姿」であり、快感を得ている男性の姿は描かれていないわけでは無いが、ページ数に対する割合において圧倒的に女性の快感の方が多く描かれている。

永山薫『エロマンガ・スタディーズ』から引用をしよう
”「幼女の図像」もまた性的対象であると同時に、意図的あるいは無意識的な自己投影の器であり、さらに脳内楽園を構築するためのインデックスであり、誤読するための仮設定なのである。
「可愛い少女キャラを愛したい/抱き締めたい/犯したい/虐待したい」という判りやすい所有と対象化の裏側には、時として「可愛い少女キャラになりたい/愛されたい/抱き締められたい/犯されたい/虐待されたい」という同一化の欲望もまた隠されている。”

つまり読者は男性の快感と同時に、女性の快感も受け取っているのである。

この構造を『ひなちゃんと歩くATM』は更に強化している。
「お触り厳禁」というルールは本来ロリコンから幼女への縛りとしてのみ作用するものだが、前述したように「ルールを破ったら絶交」という条件によって幼女からロリコンへの縛りとしても設定されている。
「触りたい、のに、触れない」という関係は(それこそ『触らぬ神(○リ)に祟りなし』というタイトルや、有名な『LO』の「Yes,ロリコン NO,タッチ」という標語にも表れているように)ロリコンへ一方的に課せられていたものである。
しかしここでは幼女に対しても「触りたい、のに、触れない」という関係が発生しており、そのもどかしさは「双方向」に働いているのである。

引用したように女性に対する同一化は「愛したい←→愛されたい」という対称的なものとして欲望されている。本作ではそれに加えて「触りたい=触りたい」という同じ欲望が描かれており、そのもどかしさを乗り越える決意と罪悪感と快楽は、同一化の欲望をより強固なものとしているのだ。

その関係に「外」から注がれているのが、「過去のひなちゃん」からの視線である。
「過去のひなちゃん」は窓ガラスに阻まれながら、自分の「触りたい」という欲望が満たされる場面を観察している。
ここにもう一つ描かれてはいないが、存在する視線がある……「読者の視線」である。

「読者の視線」は二次元と三次元の(虚構と現実の)壁に阻まれながら、自分の「触りたい」という欲望が満たされる場面を観察することになる。
それは決して自分は触れられないながらも、その視線の先で欲望が成就する姿を見る、という意味において「過去のひなちゃん」の視線と同じものだ。

そして前述したように同一化の欲望は、男性の快楽と女性の快楽を混在させる。
つまり触りたいという欲望が満たされる先へ注がれる「過去のひなちゃん」の視線もまた「読者の視線」と同一化していくのである。

冒頭で述べたようにロリコンにとって「その欲望は絶対に満たされてはならない」ものである。それは窓ガラス越しに(あるいは時間の断絶越しに)見つめる「過去のひなちゃん」も変わらない。それでも今の自分には決して達成できない欲望を、未来の自分が完遂する姿を一つの喜びとして見つめている。
それは「決して満たされてはならない欲望」読者の視線が、「過去のひなちゃん」の視線と同一化することで「もしかしたら叶うかもしれない欲望」に読み替えられていくことに他ならない。

「決して満たされてはならない欲望」を持つ読者にとって、作中のロリコンにも幼女にも決して成ることは出来ない。幼女とのセックスを描くフィクションは必ずその断絶を持ち合わせてします。
『ひなちゃんと歩くATM』は、そこに外部からの視線……今は満たされないが、未来で満たされる者の視線を描くことで、読者に対して「あなたは決して満たされない、しかし”満たされた者”を知ることができる」と告げている。
それは倫理と法律と現実のなかで悶える、決して幸福になることのない「あらかじめ罰を受けている者」に対する、誠実でそして優しいメッセージなのである。
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# by SpankPunk | 2016-10-25 23:16 | 漫画 | Trackback | Comments(0)
ぎけんさん(@c_x)のマイベストエピソード企画参加記事です。

◆ マイベストエピソードのルール
・ 劇場版を除くすべてのアニメ作品の中から選出(配信系・OVA・18禁など)
・ 選ぶ話数は5~10個(最低5個、上限10個)
・ 1作品につき1話だけ
・ 順位はつけない

「「作品としてはベストに選ばないけど好きな話数」をコンセプト」なんだけど、どうしてもそこは合致していってしまう……のでコンセプトとはズレてるかもだけど、好き勝手やるのだー!ヒャッハー!
あともうどっかで「書いてしまったこと」も多いけど、気にしたら負けだぜ!ィイヤッフー!!

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

・『serial experiments lain』 LAYER:13「EGO」
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最終話の「画面の向こうから、こちらに話しかける玲音」こそ、私が「虚構をどう受け止めるか」という姿勢に決定的な影響を与えたのは間違いない。
虚構と現実が等価に繋がったその瞬間に、大袈裟かもしれないけど生きる希望みたいなものをこの一話から受け取った。


・『聖戦士ダンバイン』 第45話「ビヨンド・ザ・トッド」
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トッド・ギネスのハイパー化(=死亡)回
良好ではない(とはいえ富野作品ではマシな方)のショウ・ザマと母親との関係と対比されるように、マザコン的とも言えるトッドの母親を想う姿。私が本作のライバルをバーン・バニングス(黒騎士)ではなくトッドであると考えるのは、その部分が大きいです。
そして自称「(アメリカ)東部の落ちこぼれ」であるトッドにとって、自分の力で武勲を挙げてのし上がれるかもしれない可能性は、死の間際の「いい夢を見させてもらったぜ……」というセリフに集約されており、その抑圧された彼の人生を思わせるものでもある。


・『機動戦士Vガンダム』 第50話「憎しみが呼ぶ対決」
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「勝った者をあたしが全身全霊をかけて愛してあげるよ。うふっふふっ、あははははは、ふふふ、あははははは……!」
戦争を終わらせるためには、戦わなければならない。しかし戦いは人を狂気に導く。
だからもっとも争いを止めさせようとする者こそ、最前線で戦い狂っていく。
目の前の戦争に対して、それを止めたいと願い、それゆえに戦うことを選んでしまったカテジナは、真摯だからこそ狂うことしかできなかった。それでも意志を保ったまま強く戦い続けた彼女は、私の憧れです。


・『ジュエルペットサンシャイン』 第46話「禁断の恋でイェイッ!」
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自ら恋の終わりを選んだ花音さま。
しかしその背中を昇りはじめた朝日が照らし、これから先の道を煌々と光り輝かせている。
めちゃくちゃ強烈なギャグ作品であった『JPS』が、ここで正に「太陽の光(サンシャイン)」を重要な要素として出してくる展開に震えた。


・『ガッチャマンクラウズ』 #11「Gamification」
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前述した『lain』では、世間に普及しはじめたばかりのインターネットは「無限の可能性を秘めたもの」でありながら「世界の外からやってきた不気味な物」として描かれていた。それから約20年、『ガチャクラ』ではインターネットが「誰もが使う気安いもの」でありながら「制御できない可能性を含んだ厄介なもの」として描かれている。
その20年間にあった私たちの認識の変化は、不完全だし不十分だけれども、それでも確かに「世界をアップデート」したと思えた。
そしてまだ残されたGamificationという「新しい世界へのアップデート」という希望は、『lain』で世界から切り離すことしかできなかった少女を、ようやく迎え入れることができるようになった「20年後の私たち」として非常に喜ばしいものだった。
(詳しくは『あのすぱらしい愛をもう一度:すぱんくtheはにーアーカイブ2012~2013年』収録「もう私たちは玲音を失わない――『ガッチャマン/クラウズ』から『ガッチャマン-クラウズ』へ」に書きましたのでそちらをよろしくおねがいします)


・『プリティーリズム・ディアマイフューチャー』 第27話「新チームでシャル ウィ ダンス?」
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アイドルアニメのライブ/ダンスシーンの表現において、『プリリズDMF』の「発光するグローブ」は一つの到達点です。手の軌道を光のラインとして残す演出は、ダンスの華やかさを描きながら同時に「踊ってみたい」と思った女児へ向けての「振り付けのガイド」としての役目も果たす、すばらしい発想だ(その手の軌道を光らせる、というのが『プリパラ』ではなく『アイカツスターズ』で一部使われるようになったのも面白い変化、『プリパラ』はその代わりに「サイリウムチェンジ」によって「光ることの意味」にもう一歩踏み込んだ)。
特に照明がオフの状態から始まる「Mirage JET」の振り付けは、その「発光するグローブ」の良さが完璧に描かれていた。
(詳しくは「『プリティーリズムディアマイフューチャー』チームシャッフル編のダンス考察」『あのすぱらしい愛はもう二度と……: すぱんくtheはにー2014年アーカイブス』収録「溢れよ我が光、とあなたは言った――駆け寄り投げ掛けるプリズムの輝き、あるいはそのキラキランウェイ☆」に書きましたのでそちらもよろしくおねがいします)


・『ハートキャッチプリキュア』 第3話「2人目のプリキュアはやる気まんまんです!」
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もうね、来海えりかの変身時に見せた「ニッ」って顔に全部やられた。全部やられてしまった。


・『ハピネスチャージプリキュア』 第49話「愛は永遠に輝く!みんな幸せハピネス!」
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プリキュアが(あるいは古今東西のありとあらゆるヒーローヒロインが)直面する限界、「自分たちの知り得ない不幸を救えない」という問題を突破するたった一つの方法。それが白雪ひめ/キュアプリンセスの見せた「愛の結晶を"適当"に投げる」という行為なのだ。
目的を目標を持って投げるのでは無く、適当に闇雲に投げるからこそ「自分の知らない誰か」を救う可能性を生むことができる、そんな「たった一つの冴えないやり方」だけが正義の限界を突破することができるのである。
(詳しくは『アニバタ Vol.12 [特集]プリキュア』「プロバビリティ・ラブリーズ――プリキュア/リローデッド」に……って何回目だよこれ)


・『ヤダモン』 第169話「タイモン…!」
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魔女の女王の娘であり最後の魔女であるヤダモン。滅びに向かう魔女を救うため、魔女を闇へと進化させようとするキラ。
一度封印された後に、ヤダモンと同じ姿で復活したキラを前にして「マリアの作ったドーナツと、私が魔法で出したマリアのドーナツ。どっちが本物?」と、ずっと一緒に過ごしてきたジャンに尋ねるヤダモン。
滅ぶことを諦めていた女王に対して、生き延びようとしたキラは決して否定はされず、それでもヤダモンの見せた「新しい未来」に希望を見い出す魔女たち。
他人の姿を借りてしまったキラの願いは「本物ではなくなってしまった」からこそ、失敗してしまった。例え正しい目的であっても、手段を間違えばそれは不幸しか生まないことを、そして手段を間違えないためには「真実であり続けること」が重要だと説く。
それは誰一人信じなくても「わたし魔女だもん!」と言い続けたヤダモンの姿として、第1話から途切れることなく続いているものだ、ということを第1話とこの第169話にだけ行われる「ジャンと空を飛ぶ」で改めて思い起こさせる構成も素晴らしい。
(ちなみに第168話の戦闘シーンはめっちゃくちゃかっこいいので、そっちも良い)


・『ハイスクール!奇面組』 第31話「クラス対抗 ピチピチチャップン水泳大会」
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水上ワープに、作者登場、そして筋肉大移動!と『ハイスクール!奇面組』の魅力が詰まった1話。筋肉大移動は原作もいいけど、アニメの画面で一層映える技だよね……ギャグアニメは大事、こういうとき語られ難いからこそ、大事。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

以上10選。
なんか自分の「どの年代がすっぽり抜けてる」かが如実にわかるなぁ……

あとこういうのって書き終わってから「ああ!あれもあった!うわあ!これも忘れてた!」って悶えるよね。ていうか悶えてる。
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# by SpankPunk | 2016-08-30 16:17 | アニメ | Trackback(1) | Comments(0)

2016年夏コミ告知!!

【簡易まとめ】
3日目
東ポ15b アニメクリティーク刊行会
・『アニメクリティーク vol.4.5 ガールズ&パンツァー総特集』
東ポ13b landscape plus
・『PRANK! Vol.3 Side-A 水島精二評論集』
東ポ14b アニメ・マンガ評論刊行会
・『アニバタ Vol.15  特集:ラブライブ!』
【簡易まとめ】

ああああ完全に忘れてたっていうか8月早い早いよスレッガーさん!
ということで夏コミ告知ですっていうか、今からブースとかを調べるんだから本当どうしようもなくなくなくなくなくなくない?

『アニメクリティーク vol.4.5 ガールズ&パンツァー総特集』
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http://nag-nay.hatenablog.com/entry/2015/12/28/023915
・3日目 東ポ15b アニメクリティーク刊行会

『傷ついたのは誰の体?——延長された身体と、その消失。あるいはバイクに乗れ!バイクに!』

『ばくおん!』を見てバイクに乗れ!!
じゃなかった!いや、じゃないことないことはないんだけど、そうじゃなくて。

『アニメクリティークVol.4』では、「描かれるものが綿密になればなるほど、むしろ「虚構性」が強調されてしまう状況」を「自然主義フィクショナリズム」と名付け、その上でそれをどう乗り越えていくのか?虚構の存在をどう「現実にあるように」書き換えていくか?という問題を追いました。

本論ではて『ばくおん!』で見られた「バイクでコケること/バイクに付く傷」を入り口に、乗り物や装飾品などが「身体の延長」として機能することによって「バイクが(あるいは戦車が)傷つくこと」によって、『Vol.4』で提示した問題を乗り越えられる可能性を考察しました。

そしてこれを読んだ君は、きっとバイクに乗る。


『PRANK! Vol.3 Side-A 水島精二評論集』
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http://wataruumino.hatenablog.jp/entry/2016/07/23/043151
・3日目 東ポ13b Land scape plus

『死なないアイドルの殺しかた――自然主義的フィクショナリズムと繋がる生命の行方』

死に損なった大空あかりは、私が殺してやらなくちゃあならないんだ!!
不思議だと思いませんか?『アイカツ!』にはあれだけ「元アイドル」が登場するのに、一度も「いまここでアイドルを辞める瞬間」が描かれないことを。

「アイドルは、やめらんない!」
という言葉は、祝福にも呪詛にもなることを私たちはもう知ってしまっている。だから私たちはどこかで「終わり」を見つけてあげなければならない。

今年の映画『仮面ライダー1号』で、本郷猛は45年間ずっと悪と戦い続けていることが語られた。死してなお戦うために"蘇えさせられてしまう"正義。だから私たちはどこかで「終わり」を見つけてあげなければならない。

その可能性を「果てが無い」と言いながらも完結している物語として、ミヒャエル・エンデの『果てしない物語』から読み取り、考察していく論考となっています。

だから殺さなくてはならない。アイドルを。ライダーを。


『アニバタ Vol.15  特集:ラブライブ!』
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http://www.hyoron.org/anibata15
・3日目 東ポ14b アニメマンガ評論刊行会

『「みんな」が神を殺すとき――信仰の作用、あるいは神罰について』

「信じるものは、救われる」ということは「救われなかったものは、信じていなかった」ということだ。
『ラブライブ!』で言われる「みんな」の範囲は、一貫性を持たない。だがしかし彼女(たち)は「みんな」と強固に主張する。

世界全体を見回せない「盲目の神」にとってみれば、自分へ向かって積極的に届く祈りだけが「世界の全て」
であり、そして同時に「世界全てが自分の信徒」である。つまり盲目の神の主観にとって「みんな」とは「みんな」である。
そして信仰ある限り神は死なない。死ねない。

と、いう話です。
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# by SpankPunk | 2016-08-11 21:51 | 告知 | Trackback | Comments(0)
好きなマンガを大体好きな順に100作品。
でも正直順位なんか日によってコロコロ変わるし、結構突貫で100並べたので絶対に忘れてるのあるから、とりあえず暫定じゃん?ということで、一つ大目に見ていただければ……

01 柴田ヨクサル 『ハチワンダイバー』
02 山口貴由 『覚悟のススメ』
03 衛藤ヒロユキ 『魔法陣グルグル』
04 吉田戦車 『伝染るんです。』
05 荒木飛呂彦 『ジョジョの奇妙な冒険』
06 日本橋ヨヲコ 『極東学園天国』
07 SABE 『地獄組の女』
08 安田弘之 『ちひろ』
09 押切蓮介 『ミスミソウ』
10 根本敬 『生きる2010』
11 冨樫義博 『レベルE』
12 吉田戦車 『はまり道』
13 山野一 『四丁目の夕焼け』
14 柴田ヨクサル 『エアマスター』
15 衛藤ヒロユキ 『がじぇっと』
16 サガノヘルマー 『BLACK BRAIN』
17 杉元伶一/加藤伸吉 『国民クイズ』
18 SABE 『ビューティフルマネー』
19 ながいけん 『第三世界の長井』
20 島本和彦 『吼えよペン』
21 日本橋ヨヲコ 『G戦場ヘブンズドア』
22 うすた京介 『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!マサルさん』
23 吾妻ひでお 『失踪日記』
24 TAGRO 『マフィアとルアー』
25 押切蓮介 『でろでろ』
26 青山景 『ピコーン!』
27 林田球 『ドロヘドロ』
28 松本大洋 『ピンポン』
29 吾妻ひでお 『不条理日記』
30 宮崎夏次系 『夢から覚めたあの子とはきっと上手く喋れない』
31 TAGRO 『MAXI』
32 ロクニシコージ 『こぐまレンサ』
33 山本直樹 『レッド』
34 衛藤ヒロユキ 『衛星ウサギテレビ』
35 福満しげゆき 『生活』
36 ゴージャス宝田 『キャノン先生トバしすぎ!』
37 川原泉 『ブレーメンⅡ』
38 吾妻ひでお 『失踪日記2』
39 上野顕太郎 『さよならもいわずに』
40 久住昌之/谷口ジロー 『孤独のグルメ』
41 戸塚たくす 『ゼクレアトル』
42 衿沢世衣子 『シンプルノットローファー』
43 金城宗幸/荒木光 『僕たちがやりました』
44 榎本俊二 『GOLDEN LUCKY』
45 佐木飛朗斗/桑原真也 『R-16』
46 榎屋克優 『日々ロック』
47 山野一 『どぶさらい劇場』
48 TAGRO 『DON'T TRUST OVER 30』
49 冨樫義博 『幽遊白書』
50 山口貴由 『エクゾスカル零』
51 徳弘正也 『狂四郎2030』
52 古谷実 『ヒメノア~ル』
53 山田穣 『がらくたストリート』
54 平方イコルスン 『成程』
55 施川ユウキ 『がんばれ!酢めし疑獄』
56 倉島圭 『24のひとみ』
57 佐木飛朗斗/所十三 『疾風伝説 特攻の拓』
58 木多康昭 『平成義民伝説 代表人』
59 能條純一 『月下の棋士』
60 東本昌平 『キリン』
61 安達哲 『さくらの唄』
62 岩明均 『寄生獣』
63 山本英夫 『殺し屋1』
64 ホイチョイ・プロダクションズ『きまぐれコンセプト』+秋月りす『OL進化論』
65 宮崎夏次系 『僕は問題ありません』
66 衛藤ヒロユキ 『舞踏伝キタキタ』
67 花沢健吾 『ボーイズ・オン・ザ・ラン』
68 浅尾いにお 『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』
69 施川ユウキ 『オンノジ』
70 尾玉なみえ 『少年エスパーねじめ』
71 相原コージ 『何がオモロいの?』
72 柴田ヨクサル 『谷仮面』
73 古屋兎丸 『Garden』
74 村崎百郎/森園みるく 『メランコリア』
75 山田花子 『神の悪フザケ』
76 長尾謙一郎 『ギャラクシー銀座』
77 清野とおる 『青春ヒヒヒ』
78 ピエール瀧/漫$画太郎 『樹海少年ZOO1』
79 押切蓮介 『ゆうやみ特攻隊』
80 押見修造 『惡の華』
81 ONE 『モブサイコ100』
82 岡田索雲 『鬼死ね』
83 佐々木昇平 『革命戦士 犬童貞男』
84 山下ユタカ 『暴虐外道無法地帯ガガガガ』
85 トウテムポール 『或るアホウの一生』
86 見ル野栄司 『東京フローチャート』
87 今日マチ子 『5つ数えれば君の夢』
88 位置原光Z 『お尻触りたがる人なんなの?』
89 清家雪子 『月に吠えらんねぇ』
90 うすた京介 『武士沢レシーブ』
91 とよ田みのる 『友達100人できるかな』
92 ハトポポコ 『平成生まれ』
93 樫木祐人 『ハクメイとミコチ』
94 丹羽庭 『トクサツガガガ』
95 こうの史代 『この世界の片隅に』
96 福本伸行 『無頼伝 涯』
97 オイスター 『悪徳乃榮』
98 阿部洋一 『橙は、半透明に二度寝する』
99 額縁あいこ 『きょーだん』
100 よるのなおこ作品(単行本未刊行)
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# by SpankPunk | 2016-06-09 22:24 | 漫画 | Trackback | Comments(0)